[全日制]スタイリストとしてご活躍される武久 泰洋様にインタビュー!!【 バンタンデザイン研究所 】

このエントリーをはてなブックマークに追加

2018.06.15東京

卒業生

 

バンタンデザイン研究所のファッション学部を卒業し、スタイリストとして、広告をはじめ、様々な媒体でご活躍される、武久 泰洋様にインタビュー!

 

 

1.jpg

 

 

スタイリスト/武久泰洋
東京都出身。青山学院大学中退後にバンタンデザイン研究所に入学。卒業後の2005年に渡英しニコラ・フォルミケッティ氏に師事。

数々のファッション誌でスタイリストとして活躍後、2013年に帰国後はCMや広告などを手がけるスタイリストとして活躍中。

 

 

-いつ頃からスタイリストになりたいと思い始めましたか?

 

高校3年生ぐらいからです。

当時はスタイリストが雑誌に出て活躍している時代で、それでスタイリストという仕事を知りました。

スタイリストになりたいと思い始めた、はっきりとしたきっかけではないにしても影響は受けていたと思います。

 

-学生時代はどんな学生でしたか?

 

真面目に、一生懸命授業に取り組んでいました。

『撮影実習』という自分でスタイリングを作り、モデルをハントをしてきて撮影する授業があり、この時の熱中の仕方は凄かったです。

 

毎年夏に基礎科生(1年生)と本科生(2年生)合同のショーが行われていて、基礎科生として参加した時、やりがいがあってすごく楽しかったんです。

 

僕が本科生になった時、そのショーが無くなる事になってしまって。

本当に残念で、本気でバンタンの講師や、当時のバンタンの偉い人に「これだけショーやりたいんです」と直談判しました。

そうしたら、僕達のエネルギーに心打たれてくれたバンタンの方が「この中で好きなだけショーをやっていいよ」といって予算をくれました。

 

僕と演出サイドに興味のあったもう1人の友人とでショーのディレクターを務め、ファッション業界の第一線で活躍する方が演出の監修をして下さいました。

 

はじめての事だったので、新鮮で楽しかったです。徹夜して、泣いて笑って、喧嘩して。

アドレナリンがすごく放出された経験です。

モデルの歩く秒数から演出、全部こだわりました。

絶対ありえない面倒くさいことを敢えてやったりもしました。

 

なので、すごく真面目な学生だったと思います。全部に本気でした。

みんなで何かを作り上げるというのは、良い経験ですよね。

 

この時のバンタンの仲間はセンスも良かったし、面白かったし、個性もあったし、尖っていて、本当に最高でした。

 

-バンタン時代の講師や友人と、今でも会ったりしていますか?

 

当時の講師達とは今でも連絡をとっています。

講師達がいたから、今の僕がいるのかもって思います。

それぐらい仲が良かったです。

同級生も、講師達も最高でした。

 

-学生時代に影響を受けたデザイナーはいますか?

 

学生時代は、ジョンガリアーノアレキサンダー・マックイーンのクチュールの世界が刺激的で、影響を受けました。

 

ロンドンにいる間、仕事でガリアーノの服を使うことや、マックイーン本人にお会いする事もありました。

 

-ロンドンに行くきっかけはありましたか?

 

自分がやりたい仕事をするならどこだろう?イギリスかな?というところから始まって、バンタンの講師に「ロンドンに行って後悔した人には会った事ない」と言われたことが後押しになりました。

 

基礎科を終える頃には「ロンドンに行くから」と周りに話していて、みんな応援してくれていました。

 

―ロンドンで、スタイリストとしてお仕事されるまでの経緯を教えて下さい。

 

ロンドンに着いて丁度半年後にスタイリスト ニコラフォルミケッティ アシスタント初日を迎えました。

 

ロンドンでやりたい仕事は、全部師匠がやっていました。

数年してから、スタイリストとして独立しました。

エディトリアルが好きで。雑誌の仕事がほとんどでした。

 

-ロンドンでは、どのように師匠を見つけましたか?

 

英語も片言だった時期ですが、友達に「ニコラがmixiにいるよ」と言われて。

 

彼の事は日本にいた時から知っていて、好きな作品もありました。

当時は、まさかこんな身近な関係になると思っていなかったです。

 

メールを送ってみたら最初は返事が来ませんでしたが、やりたい事やスタイリストになりたいことなどを書いてまた長文を送ってみると

「明日、オランダからロンドンに帰国するから会ってみる?」と連絡が来て。

 

実際に会ってみて「明日デイズド (ロンドン発のファッション&カルチャー誌Dazed & Confused) のオフィス来る?」と言ってくれて。

「明日からじゃなくって、今日からやります」と言って、そこから毎日自分から「何か仕事ありますか?」と電話しました。

 

2・3ヶ月続いた位にニコラから明日は何やってという指示を出してくれるようになり、「本当にやりたい」という僕の気持ちを理解してくれたんだなと嬉しくなりました。

英語は話せないし、身体を動かすことしか出来なかったので、やれることを必死でやりました。行動力はあったので。

何も知らなかった分、怖いものもなかったと思います。

 

-自分を表現する為に、スタイリストという道を選びましたか?

 

自分を表現出来るというよりは、自分が熱中できる事をしたくてスタイリストを選びました。

もちろん服が大好きでしたし、スタイリストに固執している部分もありましたが、極端な話、料理をつくる人でもゲームをする人でも熱中出来れば何でもよかったかもしれません。

 

日本に帰国してからは、CMや広告の仕事をするようになって来ました。

服を使った何かを表現できる場所を考えていった時に、CMや広告の仕事は、僕の提案するスペースが大きく感じられて。

 

撮影現場などでは、時間もないですし、ハプニングもあったりもしますが

それでもテンションの高いままずっと動いて、数日間働き通したりする事もあります。

仕事を終えた時にバタンと倒れて寝てしまうぐらいですが、僕にとってはそれが

中毒性があるというか、夢中になれるんです。

 

ものすごく大変な仕事を終えて3ヶ月経った位に、仕上がった撮影データを見ると嬉しくなりますし、「また頑張ろう」と思えます。

この中毒性の波に乗れる方なので、この仕事を続けてられているんだと思います。

 

熱中出来る仕事、ワクワクする仕事にどれだけ呼んでもらえるかという事が、僕にとっては大きなファクターです。

 

-大変だなと思う事はありますか?

 

大変だと思う事は、全部です。楽な事は一つもないです。

 

どんな人も何かしら大変な思いをして仕事をしている側面はあると思います。

それを上回る楽しさを見出せるかどうか、と思います。

 

-良いアシスタントとは?を教えて下さい。

 

やる気ですね。

積極的に学びに来て、自分で質問して、自分で仕事探せる人でないと厳しいです。

 

-ファッション業界を目指す子にアドバイスはありますか?

 

お金が無くて、バイトもたくさんしないといけなくて、

それでも本気でスタイリストになりたいというやる気を見せてくれれば、いくらでも相談に乗ります。

 

あとは、海外に行きたかったら、この時代これだけ航空券が安くて、留学が身近なので

理由つけないで、とにかく海外行ってみたら良いと思います。

この時代に、日本にだけいるって不自然だと思います。

SNSのようなバーチャルの中だけで解決しないで、体験してみることが大事だと思います。

 

諦めずに本気で熱中して取り組んでみて欲しいです。

 

-ありがとうございました!

次の記事を見る

前の記事を見る

イベント情報

このエントリーをはてなブックマークに追加