[全日制]「old honey」デザイナーとして活躍する卒業生 原 まり奈さんにインタビュー!前編【 バンタンデザイン研究所 】

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2017.11.24東京

バンタンデザイン研究所 ファッション学部 スタイリスト学科に入学し、特別進級クラス「X-SEED」に進学。

在学中に自身のブランドold honeyをリメイクブランドとして立ち上げ、

学内審査を勝ち抜き『AsiaFashionCollection』にて入賞。

 

ニューヨークコレクションにてold honeyを発表するなど

学生のうちから一際輝いていた「原 まり奈」さん。

 

学生時代からぶれることなく

『装飾的でありながら甘すぎない日常に特別を添える服』という洋服創りを徹底し

先日行われた2017年A/Wコレクション発表の展示会では、

バンタンデザイン研究所の後輩や、新潟から足を運んで下さるお客様、

原さんの活動を応援してくれるご友人などで溢れていました。

 

若くして、old honeyを多くの方から愛されるブランドへと確立させた

デザイナー「原 まり奈」さんに

高校生時代から、現在に至るまで、そしてこれからの夢などを伺ってきました。

 

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原まり奈 Hara Marina

2013年バンタンデザイン研究所スタイリスト学科在学中にoldhoney立ち上げ。

翌年ファッションデザイン学科X-SEEDに編入。バンタンとPARCOが主催するAsia Fashion collectionで

受賞し、2015年2月にNY Fashion Weekでコレクション発表。

ドラマファーストクラス2への衣装提供やsuperfly、ゆず などアーティストの衣装製も
手掛ける。現在はセレクトショップWALL全店にて取り扱い中。

 

old honey

https://www.oldhoney.tokyo/

https://www.instagram.com/oldhoney.tokyo/?hl=ja

 

前編/後編 でインタビューをお届けします!

 

前編では、バンタンデザイン研究所入学前から在学中までの事をご紹介します。

 

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中央:原 まり奈さん 左右:バンタンデザイン研究所在校生

 

 

-高校生時代はどんな学生でしたか。

 

高校生の時はダンス部に所属していて、部活に専念する普通の女の子でした。

みんなに合わせて流行りを追ったり、原宿へ買い物に行ったり。

個性も強くなかったですし、ごくごく普通の女の子でした。

 

-当時、夢などはありましたか?

 

特別に夢などはなく、考えていたのは「進学どうしようかなぁ」ぐらいでした。

大学付属の高校に通っていましたが、付属の大学に進む以外の道もあるのではないかと考えていました。

 

-進学は、どのように決めましたか?

 

様々な専門学校に話を聞きに行って、体験授業などに参加しました。

バンタンでのゴールデンウィークセミナーを通して

初めて、感動して泣くという体験をしました。

 

ゴールデンウィークセミナーでのライヴ感というか、現場感というか。

自分で自分を奮い立たせないといけない所だとか、座学では学べない事を学べると思いました。

当時、体育会系な雰囲気などが苦手だったからこそ刺激になった部分はあります。

バンタンデザイン研究所の体験セミナーは体験すべきだなぁと思います。根性学べます。

 

-バンタンデザイン研究所の何科に入学されましたか。

 

特殊かもしれませんが、スタイリスト学科3年制からX-SEEDに編入しました。

入学前はフォトグラフィ学科と悩んでいました。

 

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在学中の原さん

 

 

-好きな授業、印象的だった授業、苦手な授業などはありましたか。

 

スタイリスト学科の時はフォトの授業が好きでした。

入学する時もフォト科と迷っていたので、学べて楽しかったです。

スタジオのライティングとか、カメラの仕組みなどを学べて、すっごく楽しかったです。

ファッションヒストリーの授業は嫌いでした(笑)。

 

ファッションヒストリーは今でこそもう一度受けたい授業です。

 

X-SEED時代は、、、毎日辛かった記憶があります。しんどかったです。

スタイリスト科在籍中は、パターンを引いたりだとか、デザインをした事がありませんでした。

 

X-SEEDの周りにいる子達はデザインができる子ばかりで、私は技術も知識も無かった。

スタイリスト学科時代の周りの子達の応援があってなんとか日々を越えていった感じです。

 

辛かったけど、ニューヨークコレクションに行く事も出来たので意味のある時間だったと思っています。

 

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AsiaFashionCollectionを勝ち抜きニューヨークコレクションにて発表したランウェイ写真

 

 

-環境が、モチベーションに影響を与えることもありますよね。

 

そうですね。何かを創ることは一人では出来ないことなので。

今でもバンタン時代の先輩後輩との関係が繋がっていて、みんな展示会に足を運んでくれます。

ルックブックの撮影を手伝ってもらったりもしていて、今でもすごく救われています。

 

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2017AWコレクション

ヘアメイクやスタイリングもバンタンデザイン研究所 卒業生

 

 

-バンタンデザイン研究所の卒業生と今でも交流は続いているのですね!

 

バンタンの繋がりは多いです。めちゃくちゃ多いです。

卒業してから増えたぐらいです!

old honeyを知ってもらえた事によってそこから更に交流が増えたりもしています。

ルックブックのヘアメイクや、写真を撮ってくれているのもバンタンの卒業生です。

 

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バンタン時代の友人ネイリストの作品とバンタン時代の後輩のブランドのピアス

 

 

-学生の頃はどのようなことにエネルギー注いでいましたか。

 

学校の課題です。そこでの友人との時間が全てでした。誰かの家に泊まりながら、みんなで制作したり。

徹夜ばかりしていましたし、それがかっこいいと思っている節はありました(笑)。

 

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-どんな学生でしたか。

 

周りも熱い子が多く、「中途半端では終わらせられない」と常に思っていました。

何にでも本気だったので、当時のスチューデントアドバイザーと喧嘩したりしていました(笑)。

真面目に尖っていました(笑) 。

物事に取り組む姿勢という面では優等生だったのかなと思います。

創る事が大好きな学生でしたね。

 

-学生時代に悩む事はありましたか。

 

ざっくり全部が悩みでした。夢ってなんだろうとか。

今とは全く違う悩みでした。

自分のセンスとか、どうしたら可愛いもの創れるかなとか。

毎日悩んでいました。

 

-悩みは解決しましたか。

 

悩んでもしょうがないって思えるようになったのは、昨年からです。

学生の時は、あの世界が全てだったから悩みました。

 

-高校生時代は夢がなかったそうですが、夢が出来たのはバンタンに入学してからでしたか。

 

はい。自分でお店出したいって夢は、授業を受けていく中で出来ました。

それが初めて出来た『夢』でした。

 

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過去発表したコレクション

 

 

-夢に向かって学生時代に何かアクションを起こしたりしましたか。

 

自分のリメイクした服を世の中に出したいと思いはじめて、口に出すようにしました。

すごく周りに伝えていましたし、自分で着る服も自分でリメイクしていました。

 

ある日バンタンの同期から友人が独立してお店持つから置いてみない?と声が掛かり、

急いでブランド名を考えました。

普通とは逆で、最初に卸し先があって、そこからブランド名を決めていくという感じでした。

 

今思えば凄い話ですね(笑)。

洗濯表示もなくて。全部判子でold honeyとつけていました。

 

-バンタンでの経験を経て今の自分に役立っていると感じることはありますか。

 

全部です。通っていなかったら今の自分ではなかったと思います。

バンタンを卒業したから今の自分があると思っています。

特別何というわけでは無いですが、それでも気が付いたら出来ている事が多いという感じです。

 

-バンタンデザイン研究所を選んで正解だと思いますか。

 

バンタンは自分次第の場所だと思います。

どこにいても自分次第だとは思いますが。

意識の高い人達が周りに多かったので救われた部分はありました。

だからバンタンで良かったなとは思います。

 

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AsiaFashionCollectionショーにてモデルと集合写真

 

後編に続く

 

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