[全日制]「梨凛花~rinrinka~」デザイナーとして活躍する卒業生 苅田梨都子さんにインタビュー!前編【 バンタンデザイン研究所 】

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2017.10.10東京

卒業生

バンタンデザイン研究所 ファッション学部 ファッションデザイン科を卒業し、

「梨凛花~rinrinka~」デザイナーとして活躍する苅田梨都子さん。

 

感情的で、気分で全て変わってしまう、女の子。

男の子にはない、複雑で繊細さ。

 

そういった、10代後半から20代前半特有の、少女らしさと

自身の中にある、『理想の女の子』のイメージを大切にしながら

服創りを通して様々な自分の感情を表現する苅田さんに

 

高校生の頃から現在の事、これからの夢について伺ってきました。

 

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苅田 梨都子 Ritsuko Karita

1993年 岐阜県生まれ。

物心がついた頃から、 和裁士である母親の影響で手芸が趣味となる。高校卒業後、上京。バンタンデザイン研究所に入学し服づくりを学ぶ。卒業後、本格的に「梨凛花~rinrinka~」として活動をはじめる。

 

梨凛花~rinrinka~ official site

http://rinrinka.com/

 

Instagram

https://www.instagram.com/ritsuko627/

 

 

前編/後編 でのインタビューをお届けします!

 

前編では、バンタンデザイン研究所入学前から在学中までの事をご紹介します。

 

 

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-高校生時代はどんな学生でしたか?

 

私は高校生の時、生活文化科という科にいて、服飾の検定と調理の検定を全員取得しないといけませんでした。

そこでファッションの基礎、パンツやジャケットを自分で創れるぐらいには習っていました。

普通科の勉強をしたくなくて、家庭科にしか興味が無かったです。

 

着ることや、創ることが好きな学生でした。

 

-お洋服は既に創れたけど、なぜバンタンに進学しましたか?

 

高校生の時、既に色々創れたので

自由に表現したり、創造性を膨らませたり、

そういう事を学びたかったからです。

ここだったら自由にできるかなって思って。

 

-バンタンデザイン研究所ではどんな学生でしたか?

 

在学中は真面目すぎて、1日しか休まなかったです。

自主学習など一人でも積極的にしていました。

 

空いている時間はひたすらずっと学校に行って、

先輩が作業している所を見たり、自分の制作作業していました。

こんなに広々使えるなら使わなきゃもったいないって。

 

バンタンでは、プレゼンテーション毎に作品の

ランキングが発表されるので、

絶対にいいもの作りたいって。負けたくないと思いすぎて。

ここまでやれば、絶対何か報われるかなって。

服創りを学びに行っているんだから、絶対に何か学ばないとって思っていました。

 

今思えば、もっと遊べばよかったかなとも思います(笑)。

仕事を始めると、遊ぶ時間も少なくなってきちゃうから。

 

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-学生の頃はどんなことにエネルギー使っていましたか?

 

ずっと創っていたなって思います。

アルバイトしたりだとか、遊んだりもありますが、

一番は縫っていたって思います。

とにかくいい物を創りたいってずっと思っていましたし、

仲間もいたから、常に頑張ろうって思えていました。

まだ完全に創れるって自信もなかったし、

表現したいって気持ちばっかりで走っていました。

パターンをひくのが苦手だったので、頑張らないとって。

苦手な気持ちと向き合わないと、ずっと上手くなれないなって感じていました。

 

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-学生時代の印象的な思い出などはありますか?

 

2年生の春か夏に、当時仲良かった先輩と

デザインフェスタギャラリーを借りて、合同展を企画しました。

当時私の周りでは、みんな学校の課題でいっぱいいっぱいで

自分で活動をするという事が主流ではありませんでした。

そういうのが勿体無いなって思っていました。

先輩はメンズの服を創る人で、

私はウィメンズを創っていたので、

男の子と女の子がそれぞれのデザインした服を

着ている作品撮りをして

バンタンの課題もこなしつつ、

先輩と二人で考えた合同展は印象的です。

 

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-表現したい気持ちは、昔から強かったんですね。

 

自然とでてきちゃうんです。

本当は自分に自信がないから、自分には何もないって思っていて。

ものを創ればそれなりに形になったりするので。

口だけって誰にでもできるから。

物を作れば誰かに認めてもらえるかな、とか。

 

形に出来て初めて、スタートかな、と思うからこそ。

思った事は形にしないとって衝動に駆られて。

それで、です。

 

本当に、衣、食、住と同じぐらい大切で、

当たり前のように《ものづくり》が入ってきています。

自分の中では創っていないと、もぞもぞしちゃうというか。

イイネ!が欲しいのではなく、何か形にしたいなという感じで創っていましたし、

今もそれは変わらないです。

 

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-学生時代に悩む事などはありましたか?

 

誰かと同じことをやっていても、評価されないし、どういう事が自分は好きなのかな…という自分探しみたいな感じで悩んでいました。

ターゲットは誰で、自分は何が創りたいのかとか。

高校生の時はあまり自分の事がわかっていなかったので、バンタンでの学生時代に

自分で自分を見つけられるように制作に向き合っていました。

自分はこういう色が好きだとか、女の子に向けての服を提案したいとわかって、今の制作に繋がっているというのはあります。

それでも今もいつも悩んでいます。

いつも不安ですし、いつも上手くいくか分からないですし。

 

-それが糧になってここまでやっている感じなのでしょうか。

 

パンクみたいな感じなのかなと思っています。自分にコンプレックスや、

不安など何もなかったら、表現しようという気持ちにならないので、

満足して何もやらないと思います。

いつも足りないという気持ちで、ここまでやってきたので。

 

表現した瞬間の自分には納得しているけれど、

自分が創っていくものに対して満足していません。

 

心の中で埋められていないパズルのピースが沢山あって、

そのピースが一つ一つ埋められていく感覚です。

ステップアップしていって、やらなきゃ、みたいな。

全ては自信が常にないからです。

 

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-バンタンデザイン研究所での経験を経て今の自分に役立っていると感じることはありますか?

 

デザインに取り掛かる前にリサーチして

イメージを集めイメージヴィジュアルを制作していたのですが、

学生時代にやっていたことと同じことを今もやっています。

 

自分の創りたいものはなんだろうと考えて。

 

発想の自由さや、デザインの発想のイメージの生み方を学びました。

そして毎回、出来なかったことは次で挑戦して、学んで、挑戦しての繰り返しで、

今も当時の続きのような感覚です。

 

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-卒業してからもバンタン生と交流がありましたか?

 

去年まで、バンタンの時の友人と一緒に住んでいました。

タイプも全然違う子で、見た目も趣味も中身も(笑)。

彼女はパターンをひくことが得意だったので、ファーストコレクションの時は手伝ってもらったりしていました。

 

後編に続く

 

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